能登屋備忘録:台湾生活日記

能登屋の日常を淡々と描く作品です。

(台湾ニュース)「台湾選挙終盤情勢その1:民進党蔡英文政権の方針転換」

 いよいよあと約1ヶ月後に迫った台湾総統・立法委員選挙、その終盤情勢をいくつかの角度から見ていきます。今の所予定しているのは、以下の3つです。今日から3日連続で書くのは少し難しいので、できれば一週間以内にリリースしていきます。今日はその一回目。

 

①:民進党蔡英文政権の方針転換

②:国民党の誤算、国民党の一人負けか

③:第三勢力の攻防、柯文哲と時代力量

①:現下の選挙情勢:現職優位は変わらず

 台湾総統選挙は、前哨戦となる地方首長・議会選挙を事実上の皮切りとして、一年以上に渡って戦われます。アメリカ大統領選挙と同様に、各党派の党内でも候補者選びから白熱、同時に開催される立法委員選挙と相まって過去4年間の政権与党に対する総合的な採点となるわけです。

 各組織が世論調査を発表していますが、緑党が4日に発表した世論調査では、蔡英文の支持率は52.1%、韓國瑜の支持率は17.9%、宋楚瑜の支持率は9.5%となっており、その支持率の差を拡大しつつあります*1。Frozen Garlicという英語で執筆される台湾の選挙ブログの整理によると、この差は歴然としつつあります。以下を御覧ください(ちなみに、「Frozen Garlic」(凍蒜)とは、台湾語(≠中国語)の「当選」の発音を中国語読みをしたときに近い字を当てたダジャレで、選挙の場ではよく使われます*2。ここぞとばかりに「台湾語」が全面に押し出されるのが、台湾選挙の大きな特徴です)。

Aggregated Presidential Pollsfrozengarlic.wordpress.com

 

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二大候補の支持率推移(Frozen Garlicより引用)

②:転換の要因は香港要素?

 ある台湾人の友人は、「今の雰囲気は全く考えられない。1年前はほぼ確実に蔡英文の敗北することになっていた」と言います。確かに、昨年の選挙の雰囲気を見る限りでは、野党国民党が圧勝、韓國瑜旋風も巻き起こる中で、台湾社会では現職蔡英文の再選はほぼありえないという雰囲気になっていました。

 こうした状況を変える要因になったと多くの人が考えているのは、香港情勢です。香港は、中国の言う「一国二制度」のモデル地域であり、中国の習近平国家主席念頭の演説で、台湾が「統一」された際には、この「一国二制度」を台湾に適用することを明言しています*3

  そして2019年の今年、一国二制度のモデル地域である香港では、この一国二制度が虚構に過ぎないことが明らかになりました。こうした状況を見た台湾の人々が、中国寄りの傾向を強く持つ韓國瑜高雄市長への支持をためらい始めたのは明らかです。

 韓國瑜氏は、一国二制度の台湾への適用に反対、もしくは否定することを表明していますが、氏が打ち出す「九二共識」(九二コンセンサス、中台双方が「一つの中国」という原則を認めつつ、その内実は双方で解釈する*4)は、一国二制度の肯定にほかならないとの批判もあります*5

 蔡英文政権は、合意としての「九二共識」がそもそも存在しないと発言しており、習近平談話でも「九二共識」の堅持が掲げられている以上、九二共識を中台関係のベースとして用いることは、力の関係から見て、中国の台湾支配を是認する方向にしかならないと理解できます。そうした意味では、もはや空文化した「九二共識」を、台湾の認識として中国に提示することは、政策的意味は殆どないと言えます。

 つまり、香港問題を巡って、蔡英文氏と韓國瑜氏の主張や背景に大きな差が見られ、これが支持率の動向に影響したと、多くの人は考えています。蔡英文総統は、国慶節の演説などでも、繰り返し、台湾は一国二制度を拒絶し、民主・自由の国であることを強調しています。こうした香港問題を媒介とする外交問題について、韓國瑜氏は力強い政策を打ち出せていません。

 

notoya.hatenablog.com

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③:転換のいまひとつの要因、蔡英文政権の方針転換

 しかし、民進党内部では、2018年の地方選挙敗北後、意図的な政策方針の転換を行うことで、特に内政的な面での支持率向上に寄与したと考えています。

 2016年に蔡英文氏が総統に選出されてから、2018年の地方選挙に敗北するまでの2年間は、ほぼ政策的な、理念的な政策を中心とした改革が行われました。。NYT紙も、蔡英文の支持率が降下した主要な要因は、年金改革や同性婚と行った議題であり、賃金の向上や環境汚染と行った面での進展がまったくなかったためだと指摘しています*6

 これをうけて、民進党内部では、「民進党のスネイプ先生」とも呼ばれる邱義仁氏に、その方針転換を主導させました。また、老練な政治家である蘇貞昌が行政院長に就任したことで、より実務的な政策遂行にはずみがついたと言います*7

 ある先輩に韓國瑜がなぜそこまで支持されるのかを尋ねた際、彼は「庶民的で親しみが持てる、エグゼクティブではない」ことを理由に上げました。まさに、トランプ氏がアメリカ大統領選挙で勝利した要因が、台湾総統選挙にも見られるわけです。蔡英文総統は、イギリス留学経験もある博士で、かつ大学教員を務めたエリート、韓國瑜氏とはまさに表と裏の関係にあります。大衆への支持拡大には、こうした韓國瑜へ親近感を覚える層の取り込みが不可欠であり、政策的なレベルでの転換を企図したというのです。

 民衆との間に距離がある蔡英文氏が、民衆により近づき、より具体的な政策を遂行することで、内政面への評価を底上げしようとしたのです*8。具体的には、肥料価格の引き下げ、所得税の減稅、小児幼児への手当、若者への不動産賃貸補助政策、タクシー置き換えの推進などです*9

 また、高速鉄道の建設など、大型の公共事業を打ち出すなど、様々な点での「わかりやすさ」を重視した政策が、ここ一年でつぎつぎと打ち出されました。

 香港要素、中国要素ほど明確な変化を与えるものではなかったと思いますが、内政面での転換や、蔡英文というキャラクターに親しみやすさを感じさせる政策を打ち出したこと、これが内的な大きな要因としてあるのです。

 国民党の要素については、また後日述べます。

 

 

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