能登屋備忘録:台湾生活日記

能登屋の日常を淡々と描く作品です。

(台湾政治外交)「台湾から見たアメリカ大統領選挙:台湾「知識人」の憂鬱」

 今日は「だである」調で。台湾から見たアメリカ大統領選挙の話です。

 

目次

 

台湾知識人の支持を受ける「リベラル派」の民進党

 繰り返しになっていささか嫌味ったらしいが、私は台湾の大学院に在籍している。人文科学系で、歴史に関連する研究をしている部門であるから、端的には「知識人」を養成する機関に身をおいている。台湾において、こうした場はえてして、「台湾の独立を支持する」、あるいは非常に人権意識の高い、男女平等やLGBTQIAAPなどのジェンダー問題、民主主義などの問題について進歩的な立場をもつ人々が多い。日本で言うならば、リベラル(場合によっては左派、左翼)ぽさのある場である。

 現在、台湾の政権与党は民主進歩党であるが、この民進党は、こうした立場に親和的である。中国国民党が政治心情的にかなり保守、右派であることに対して相対しているわけで、民進党政権下でいわばリベラルな施策が推進されてきた。そのいくつかは本ブログでも過去に紹介をしている。

 

notoya.hatenablog.com

 

台湾・国民党≒日本・自民党アメリカ・共和党、台湾・民進党≒日本・立民党≒アメリカ・民主党

 日本において、こうした「進歩的な」(反・保守的な)立場を取る主要政党は、立憲民主党日本共産党のような左派的な政党で、政権与党である自由民主党は、政治的、思想的には保守的(ときに反動的)でさえある。日本において、左派政党の支持率というのは目も当てられないほど低下、影響力は見る影もない。自民党の安定には拍車がかかっているが、そのひとつの要因に、本来左派政党が果たすべき労働問題について、彼らが本質的な議論、有効的な措置をこれまで取り得なかったことへの失望が有るように思う。これは今回の本質ではないので論じない。

 アメリカでみれば、左派的な、リベラルな政党は民主党であり、保守側は共和党というわけである。つまり、大雑把な、簡素化した説明をするならば

 台湾・国民党≒日本・自民党アメリカ・共和党

 台湾・民進党≒日本・立民党≒アメリカ・民主党

 となる。非常に怒られそうな説明だが。台湾の民進党は、日本の自民党アメリカの共和党と政治的な理念で共通するところは少ないないように思う。

 

米台関係の深化

 台湾の民進党は、基本的には(これもひじょうにややこしい議論が必要では有るが)台湾の「国家化」を推進する立場である。つまり、中華民国を事実上解体し、台湾として国際社会に参加することを志向する。中華人民共和国の定義によれば、民進党は「台独」であり、「敵」である。

 それゆえ、2016年に民進党が政権与党の座に復帰してからの中台関係は悪化の一途をたどってきた。と同時に、2016年のアメリカ大統領選挙共和党、トランプが大統領に就任してから、米中関係が悪化の糸をたどり、米台関係は「1979年の断交以来最高」*1の状況を迎えつつ有る。これについても過去に何度か取り上げてきた。

 

notoya.hatenablog.com

 

 李登輝元総統の葬儀では、アメリカの閣僚が参加し、国務副長官も台湾を訪問した。ここ40年で台湾を訪れた最高位のアメリカ政府の閣僚である。

 アメリカは、中国との貿易問題、さらには香港やウイグル問題をめぐって、中国との対決姿勢を強めつつ有る。それがゆえに、台湾のプレゼンスがアメリカ国内で高まっている。先日も、立法院で国民党がアメリカとの外交関係復活を提案し、可決された*2。明確にアメリカが台湾を見る目が、台湾がアメリカを見る目は変わりつつ有る。

 

台湾の「脱」中国政策と経済

 経済的にも、ファーウェイの排除を推進するため、アメリカにおける台湾や韓国メーカーのプレゼンスが向上、また世界的なテレワーク需要を受け、TSMC(台湾セミコンダクター)は過去最高の利益、株価を更新した*3

 台湾では、国家的に台湾資本の中国からの撤退(引上)を推進している。鴻海(Foxconn)も中国大陸におけるラインを他国に一部移転することを検討しているという。また、民進党は、中国からの観光客受入に消極的な方針を示し、中国もその方針を受け、2019年には原則として団体客の派遣を停止した*4。中台両国のにらみ合いの中で、台湾の「脱」中国化が進められてきたといえる。

 こうした民進党蔡英文政権によって進められる「脱」中国政策は、とりわけ経済界から批判的な見方をされてきた。2020年の総統選挙に鴻海の郭台銘氏が出馬を検討したのは、こうした状況への批判が含まれているのだろうと考えられる。中台は一衣帯水であり、中国からの撤退や中国資本の拒絶は、台湾の経済的な成長を阻害する要因であると。

 実際の数字から見れば、中国経済への接続、開放を推進した国民党・馬英九政権と比較して、蔡英文政権期の経済成長は悪化しているとは言えない*5。2016年にここ10年では最も厳しい状況であったものの、ここ数年で回復基調にある。つまり、思ったよりも、中国経済からの離脱の影響は小さいと言えるのかもしれない(これは安易な予測かもしれない)。

 

新型肺炎をめぐる防疫体制と「台湾の自信」

 また、2020年の新型コロナウイルス新型肺炎をめぐる世界的な動きは、明確に台湾人に「自信」をもたらした。世界中のあらゆる国と比較して、台湾の防疫体制、新規感染者数はめざましい成果を残した。日本よりも、アメリカよりも、ヨーロッパよりも、台湾はすばらしい結果を残した。そしてこの結果は、2020年1月に台湾が選んだ結果(選挙)によってもたらされたものであると。民主政治が、台湾の防疫を実現したと考えられたのであるし、また中国と接する台湾で中国からの感染拡大が広がらなかったのは、偶然とは言え2016年以後進められてきた「脱」中国政策の「功名」でもあったわけである。

 政策的な成功はもちろん有ると思うが、ここ数年の台湾の対中国政策は、奇跡的に「うまく行ってきた」。もっとも、2018年ぐらいの段階では、台湾の多くの人はそうは思っていなかったわけで、はなはだこれは結果論と言える。

 

台湾のトランプ支持とトランプ待望論

 こうした結果を裏面から支えてきたのが、アメリカとの関係であり、また米中関係の悪化である。つまるところ、台湾が「脱」中国政策に「成功」しているのは、トランプ大統領の対中、対台政策の「おかげ」なのである。アメリカ、トランプ大統領から見て、敵(=China)の敵(=Taiwan)は、味方であり、台湾から見てもそうである。事実上台湾はアメリカの傘に守られており、凖同盟国の地位をほそぼそと享受してきた。それが、明確に凖同盟国の地位を認められ、引き上げられることになったのである。それゆえに、台湾ではトランプ大統領に対する支持率がとても高い*6。アジアでは、というかおそらく世界で唯一(ロシアを除いてだろうが。日本は?)トランプの大統領再選を願っている国が、台湾である。

 

f:id:noto92:20201023045022j:plain

アジア各国におけるトランプ・バイデンの支持率

 

台湾知識人のダブルスタンダード

 冒頭に話を戻す。台湾の民進党は、政策的にはアメリカの民主党(Democrats)に近い。蔡英文はどう考えても、トランプよりヒラリーの考え方に近い。それは民進党民主党の支持者とて同じであり、民進党支持者が重視する価値は、共和党支持者のそれとはおそらく相容れない。

 蔡英文総統が、近年とりわけ強調する、「自由、民主」、あるいは人権という考え方は、トランプ大統領が最重視するものとはズレが有るだろう。彼のいう人権とは、中国などの諸国を批判する手段であり、国内的なそれにはあまり興味がない*7。その結果がBLMの広がりなのである。

 こうした状況にたいして、私の見るところ、民進党支持者(とくに私が見る範囲にある台湾の「知識人」)は「見ないふり」をしているか、言及を避けている。台湾の知識人は、日本の知識人とは比較にならないぐらい、政治的、外交的、社会的な問題に対して声を上げてきた。トランプ大統領の社会的、政治的なマイナスの側面への言及はもちろんあるものの、それでもなお台湾社会には彼を称賛する雰囲気が満ちており、彼の続投を望んでいる「ふし」がある。「本心」として、台湾知識人の思考(志向)と、トランプ大統領の思考(志向)は相容れないものであるのに。矛盾、あるいは板挟みである。

 

台湾外交は2020年冬に正念場を迎えるだろう

 台湾社会にとっては、アメリカの人種差別や人権、民族的な課題よりも、台湾と中国との関係、台湾の国際的な地位向上がより重要な課題である。それは台湾の国民からすれば当然の立場であるように思う。しかし、とくに知識人は、街頭で人権や人種、民族的なシュプレヒコールを上げる、声を上げる以上、こうした問題を無視するわけには行かないだろうし、政策的な矛盾をどのように落とし込むかに、少なくとも悩まなければならないようにも思える。

 日本においてもそうだが、台湾においても野党の劣化ははなはだしいと思えることが多い。野党国民党は、こうした民進党蔡英文政権の国内政策と外交政策(とくに対米姿勢)の矛盾、あるいはダブルスタンダードを指摘、検討すべきである。しかし、昨今の国民党は「韓國瑜」以後四分五裂といった状況にある。また彼ら自身、過去の、これからの対中姿勢への総括が必要だろう。

 アメリカ大統領選挙でトランプは「おそらく」敗北をするだろう。とすれば、アメリカの対台政策、対中政策も転換を迎える可能性が高い。もちろん、根本的な転換はもはや難しいように思う。そうしたときに、民進党蔡英文政権がめざすべきは、トランプ大統領の深みにハマることではなく、あまり台湾に興味がなさそうな民主党・バイデン側に対して、台湾のアジア、アメリカにおける価値を適切に提示する、プレゼンスを示すということであろう。そうした意味で、台湾の政治外交は、2020年11月から大きな正念場を迎えるはずだ。