能登屋備忘録:台湾生活日記

能登屋の日常を淡々と描く作品です。

(台湾政治外交)「アメリカ、台湾へのF-16V売却」2

  昨日の続きです

 

<要約>

・トランプ政権後、台湾政策が変化(2つの法律、「6つの保証」の明文化)

蔡英文後、中台関係は対決姿勢へと変化

→武器供与への基礎条件

・武器売却は珍しくはないが、最新型戦闘機の売却は久々(米、対中外交カードを切る)

・武器供与は陸海、そして空へ。総統選挙にはさほど影響はしない(多分)

 

①:トランプ後の米台関係(法的背景)

 トランプが大統領に就任して以降、明らかに米中関係の潮目は変化しました。先述したような、台湾旅行法やARIA以外にも、2016年にはこれまで非公式だった前項「六項保證」(アメリカが引き続き台湾に武器供与を続けること)がアメリカ議会下院で可決、明文化されることになりました*1蔡英文総統もFB上でF-16売却についてこの「6つの保証」に言及しています*2

 2019年、アメリカ議会下院はさらに「台湾保証法」(Taiwan Assurance Act)を可決し、上記政策を承認しました(ただし法律として発効するには上院での通過が必要)。

 すなわち、2016年以降、各種の法律の整備により、米台関係に法的な根拠が構築されつつあります。もっとも、それが実行に移されるのかどうかは未知数で、いまだに不安定な要素が多数残っていると言えます。

 

②:蔡英文総統、NYへの「初」の旅

 2019年7月、中華民国総統蔡英文は、国交を持つ中米カリブ海諸国を歴訪する「自由民眾永續之旅」へ出発し、途上ニューヨークに滞在しました。これまで中華民国総統アメリカ訪問はそれが非公式のものであれ中国の強い反発を招いてきました*3。近年では、馬英九アメリカを訪問し大学で講演を行うなど軟化しつつはありますが、公式な意味を持つ行事の挙行については、アメリカも非常に慎重な立場を取ってきました。そのなかで、この度のニューヨーク訪問では、いくつかの公的な意味を持つ行事が開催され(たとえば、史上はじめてアメリカにおいて友好国の国連代表と面会を行う、在米代表処でレセプションを行うなど*4)、アメリカ政府との公的な接触はないものの、蔡英文政権の米国重視の姿勢とアメリカの台湾政策の合致を示す形になり、中国の反発を招くと考えられています*5

 

③:中台関係は、融和から対決へ

 よく知られるように、2016年に台湾が三度政権交代を成し遂げ、これまでの親中協調姿勢を見せてきた国民党馬英九政権から、「台独」志向のある民進党蔡英文政権へと転換したことで、中国は台湾政策を融和から対決へと変化させて来ました。

 たとえば、台湾と国交がある各国へ圧力を強め、断交が進む、あるいは中国に投資する台湾企業への圧力、さらには台湾への個人旅行禁止など多岐に及びます*6

 中国政府は一貫して民進党蔡英文政権を批判し、軍事演習や航空機による領海侵犯などの形で物理的な脅威を見せつけて来ました。

 ここ1年ほどのアメリカの対台湾政策の変化も、こうした中台関係の変化を意識したものであるとともに、来年再来年に迫ったアメリカと台湾総選挙への影響を考慮したものででしょう。

 数日前のブログで、台湾はフェイクニュースと中国資本によるメディア汚染が進んでいることを述べましたが、中国は様々な手段で台湾に(特に政治に)影響を及ぼしています。

 

④:武器売却が象徴する米台・米中関係の変化

  このように、2018年以降、アメリカは各種国内法の制定を進め、米台関係の強化と安定を進めてきました。これを物理的、物質的に裏付けるのがF-16の売却に象徴される武器供与です。

 アメリカはすでに2019年7月、「M1A2T」戦車、エイブラムスの台湾への売却を発表しています*7。1995年前後に導入した「M60A3」とそれ以前の世代(CM11)の置き換えを控える台湾としては、適当かどうかはともかくこうしたアメリカからの武器供与は表面上「ありがたい」と言えます*8。当然、F-16の売却もこうした一連の政策転換に基づくものですが、根底にはトランプ大統領の兵器売却拡大路線と中国への警戒意識があり、朝鮮半島情勢が流動化しつつある中での東アジア情勢の「安定化」を図る動きであるでしょう。

 

⑤:このタイミングである必然性はなし?

 2018年前後からずっと噂には出ており、同年10月には米台間の武器取引は「より普通なものになる」ことが約束されていましたので*9、今このタイミング(2019年8月)であることは必要以上の意味は持たないでしょう。

 アメリカ、トランプ大統領の立場からすれば、中国に対する外交カードとして「台湾」を使ったと言えるでしょう。昨日も書きましたが、大統領自身はおそらくあまり台湾の現状や動向に熟知しているわけではないはずです。

 一方で、発表のタイミングからして、香港におけるデモを意識していることも間違いなく、中国に対するメッセージと考えられます。

 中国はこれに対して、即時撤回を求めていますし*10、「必要な措置をとる」ことを明言しています*11

 

⑥:武器供与は総統選挙に影響?

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台湾の行末は……

 翌2020年に挙行される台湾総統選挙では、現職民進党蔡英文総統は現状で微妙な情勢に立たされています。国民党候補の韓国喩高雄市長や、おそらく第三軸として登場する柯文哲台北市長らの動向も微妙ではっきりとしません。このへんはまた後日述べますが、親米姿勢を見せる蔡英文は、戦闘機の売却で外交的には成果を出したと言えるでしょう。しかし一方で、こうした姿勢は中国を更に刺激する可能性もあり、中国の出方に因っては状況はまた一変するでしょう。

 国防部の年間予算は日本円で約1兆。80億ドルのF-16と22億ドルのM1A2は台湾にとって決して安い買い物とは言えず、台湾でも懸念はあります。

 台湾では近年、潜水艦の独自開発を進めています*12。ブッシュ(子)政権下での台湾への潜水艦の供与は断念され*13、1980年代までに購入した経緯のあるフランスやオランダなどの諸国からの供給も途絶えている今、人民解放軍の台湾上陸を阻止する現代水準の潜水艦開発は台湾にとっての悲願であると言われます。2018年には、アメリカ企業がこうした潜水艦の開発について必要な技術供与を行っているとも報じられており、直接的な売却ではないにせよ、中国政府は反発を示しています*14。総じて見れば、2016年からスタートした蔡英文政権は、外交的には中国の圧力のもとで、世界的なプレゼンスを低下させ続けてきました。しかし、米中関係の不安定化、朝鮮半島や香港など東アジア情勢が流動化した2018年以降、米台関係はここ10年で最も蜜月を迎えつつあります。陸海空三方面に渡って展開されつつあるこの武器供与は、これを象徴的に示すものです。しかしながら、おそらく台湾の社会にはそこまで大きな影響を及ぼさないでしょう。端的に言えば、選挙でのアピールにどれほど影響を及ぼすかは過大評価できません。

 再戦を目指す蔡英文にとっては、より多くの外交・内政への成果をアピールする必要があるでしょう。

 

 最後までお読みいただきありがとうございました。このブログを書くにあたって㈹から貴重なご意見をいただきました。記して御礼申し上げます。

 

 

*1:米下院、台湾への「六つの保証」を明文化 - 台北駐日経済文化代表処

*2:www.facebook.com

*3:劉文甫「李登輝総統訪米と緊張高まる中台関係 : 1995年の 台湾」『アジア動向年報1996年版』、pp.177-202

*4:蔡英文過境紐約的「外交突破」:除了國旗徽章,你該知道的5大亮點 - The News Lens 關鍵評論網

*5:Taiwan President Risks Infuriating China With U.S. Visit - The New York Times

*6:台灣自由行禁令:中國對台施壓如何影響兩岸關係 - BBC News 中文

*7:美國批准對台灣大規模軍售 包括「地表最強戰車」 - BBC News 中文

*8:台湾、米戦車売却に「感謝」 中国への対抗可能に - 産経ニュース

*9:US-Taiwan military sales to become ‘mor... | Taiwan News

*10:北京促美徹回對台軍售案 否則後果自負

*11:美售台66架F-16台当局“兴奋”,耿爽:中方将采取必要措施_台海_环球网

追記、今日中国はアメリカへの貿易上の対抗措置として関税の上乗せを発表しました。これが「必要な措置」に該当する訳ではありませんが

*12:China worries over Taiwan's submarine pro... | Taiwan News

追記、中華民国海軍は1943、45年米国製の潜水艦を2019年現在も稼動状態に置いてはいますが、主力となるのは1982年起工、87、88年に導入したオランダの海龍級です。この2隻の潜水艦は2014年に近代化改修を受けています

*13:Have Singaporeans misunderstood the nature of Hong Kong protests? | South China Morning Post

*14:Trump plans to ship a fleet of F-16s to Taiwan. China isn't happy about it - Los Angeles Times