能登屋備忘録

能登屋の日常を淡々と描く作品です。

(台湾ニュース)「韓國瑜高雄市長、東大教授らへの遅刻発言で大炎上」

 いま台湾人に「韓國……」(ハングゥオ)と話しかければ、笑うか、眉をひそめるか、なんとも言えない複雑な表情を楽しむことができます。といっても、これは台湾でも対韓感情が悪化を見せているからではありません。いまや台湾で「韓國」といえばそれはKOREAではなく、「韓國瑜」(ハングゥオユゥ)のことなのです。今日はこの話題の人物、韓國瑜氏に関するニュースをご紹介します。

 

<要約>

台湾総統選候補の韓國瑜高雄市長、面会した東大教授らに失言を重ね炎上、謝罪する羽目に。

 

(筆者注意)興味がない方は④から読んで問題ないです

①:2020年台湾総統選の最有力候補、韓國瑜氏

 台湾では来年総統選挙(大統領選挙)が予定され、これまでのところ、現職民進党蔡英文総統と野党国民党の韓國瑜高雄市長の立候補が決まっています。このほかに、柯文哲台北市長が立ち上げた台湾民衆党から、柯文哲氏か鴻海の郭台銘会長の立候補が予想されており、これから激しい選挙戦に突入していきます。この選挙という檜舞台でひときわ大きく輝いているのが、韓國瑜氏です。

 蔡英文総統率いる与党民進党は、昨年11月の地方選挙で大敗、盤石な地盤と言われた南部高雄市を始め、新北市台北市台中市など主要な市長選挙を落とし、地方議員でも多数の候補が落選しました。この背景には、同党が打ち出した年金制度改革を始めとする比較的リベラルな政策に対して、有権者の過半を占める中高年層が反発したという政策的なミスマッチが挙げられます。しかしながらそれ以上に、野党国民党にとって大きな追い風を吹かせたのが韓國瑜氏でした。

 

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韓國瑜氏(ウィキメディア・コモンズより)

 見てくださいこの綺麗なお姿*1

 韓氏は、いわゆるポピュリストで、大衆を先導する手法に長けた政治家です。「韓流」と言われるその圧倒的なうねりは*2、これまで政権を失して停滞気味であった国民党の存在感を押し上げ、蔡英文の再戦を阻む大きなうねりを巻き起こす、はずでした。

 

②:度重なる失言、失策を重ねる韓國瑜氏

 この選挙前はほとんど無名とも言える韓國瑜氏は端的に言えばべしゃりの才覚を発揮して政界に、さらには中央政界まで乗っ取ろうとする野心家で、またたく間に中高年を中心とする「韓粉」(粉は「ファン」の意味)を作り上げました。彼は今年実施された国民党の総統候補予備選挙で、朱立倫新北市長、郭台銘鴻海会長らを破り、みごと総統候補者として名乗りを上げました。

  しかしながら、その韓氏、選挙半年というこの時期に度々失策を繰り返しています。

 もともと国民党の外交姿勢は、中国との「統一」を掲げ、中国との経済的政治的往来を拡大していこうというものでした。こうした国民党の姿勢は、特に若年層にとってウケが悪く、また香港のデモで「中国の脅威」を現実のものとして見せつけられた台湾はこれまで以上に中国に対する警戒感を強めつつあり、こうした外交的な環境と党としての姿勢がミスマッチを見せつつあります。つまり、わずか1年前の地方選挙での大勝が、外交情勢の急激な変化で過去のものになりつつあるのです。

 それに加えて、韓國瑜氏自身にも大きな責任があります。これまでにも、市長として高雄市政を見てきたわけですが、選挙運動でこれまでの民進党市長時代をたびたび批判してきたにもかかわらず、その施政方針は現状を大きく逸脱するものではなく、目新しさに欠けるものです。加えて「發大財」(大儲け)をキーワードに、高雄市の経済的成長の推進を訴えた割には、市内のホテルが閉業に追い込まれるなど実勢が伴わない現実があります。これだけであれば、まだ1年で結果が出ないのは彼の責任ではないと言い切れるでしょうが、この他の氏の言動に対して多くの批判が集まっています。

③:自民党訪問団との面会に遅刻

 その代表的な例と言えたのが、先日高雄市を訪問した日本、自由民主党国会議員団との面会時刻に約30分遅刻した事件です。

 台湾ではFBやPTTと呼ばれるソーシャルメディアをプラットフォームにウェブ上の議論が展開されますが、私の観測する限りではこれらSNS上で、韓國瑜氏の姿勢に大きな批判が寄せられました*3。私の知る限りでは、自由民主党の議員の方が韓國瑜氏に対して、直接苦言を呈したり批判的意見を述べるといった事例はなかったようです。外交的に非礼になることを恐れたのか、30分ほどの遅刻を意に介さなかったのか、特に話題にならなかったのかはわかりませんが、この事件は韓國瑜氏の謝罪で幕引きが図られました。

 

④:東大教授らの連絡ミスによる到着遅れを面会で批判

 さていよいよ本題です。長くてすみません。そんな韓國瑜氏ですが、この他にもさまざまな失言、失策で反対派、とくに民進党支持者などから非常に厳しい批判を受けていたわけです。こうした流れと背景の中で、9月6日にある事件が発生しました。

 現在、日本から10名ほどの台湾研究者が台湾を訪れ、蔡英文総統、韓國瑜氏などを始めとする台湾の主要な要人と会談を重ねています。松田康博東京大学教授を代表とするこの「東京大學兩岸關係研究小組」には、松田教授のほか、若林正丈早稲田大学教授、小笠原欣幸東京外国語大学教授、家永真幸東京女子大学准教授など、現代台湾研究、中国研究を代表するそうそうたるメンバーが参加していました。

 彼らは6日に高雄市を訪れ、韓國瑜市長との会談に臨んだのですが、ここで事件が発生しました。以下に参加者である小笠原欣幸教授と松田康博教授のFB投稿文へのリンクを張っておきます。

www.facebook.com

www.facebook.com

 

 両教授のメッセージや報道を参照しますと、簡単に言えば「韓國瑜市長側が訪問団に対して面会場所を誤って伝えていたにも関わらず、市長は日本の研究者が遅刻したかのように発言し、更に市長が『は25分待ったけど全く気にしていないよ』と事実と異なる記者会見をした」という事態が発生したようです*4

 

 「6日11:00 場所は高雄市政府の鳳山行政センターと知らされていました。それが昨日、時間が市長の用事で11:20になった、場所は変わらない、11:15ジャストに来てほしい(それより前には来ないでほしい)と連絡がありました。
本日 鳳山の近くに到着した11:04に電話があり「場所の連絡を間違えた。すぐに四維の行政センターに来てくれ」と言われ慌ててタクシー出来事そちらに向かったものの車で15-20分の距離があり、やむなく遅れることになりました。韓市長は私らの面会の冒頭で韓陣営側に連絡ミスがあったとミスを認め謝っていました。それがこちらのミスで遅れたような記者発表をされたわけです。大変残念です」(小笠原欣幸教授のコメント、太字強調部筆者)

 

 松田教授のメッセージにも概ね同様の経過が記されているのですが、「我難以理解韓市長以及他的團隊的這樣的作風。特此澄清事實」(私は韓市長とその団体によるこのような態度が理解できません。とくにここで事実を明らかに示しておきたいと思います)と非常に重みのあるコメントを放っています。

 

⑤:韓國瑜市長の誤算、FB上での情報発信と大炎上

 訪問団の団長である松田教授は東京大学東洋文化研究所で主に台湾の現代政治について研究をされています*5。FB上でコメントを発表した小笠原教授は東京外国語大学で現代台湾の選挙分析を研究されています*6。また訪問団に参加した若林正丈教授は早稲田大学台湾史研究所でやはり台湾の戦後政治史について研究をされています。若林教授は、1970年代、日本の戦後における台湾研究を再スタートさせた第一世代の中核的研究者であり、日台双方で非常に厚い信頼を集めています*7

 韓國瑜市長は、おそらく③で触れた自民党議員団との面会遅刻事件で厳しい批判を受けたことを受け、「俺は時間通りに来ていたんだけれども、今度は日本人側が遅れてきたぞ」というジョークのつもりだったのでしょう。実際には市長側の連絡ミスであったという松田、小笠原教授のコメントを受け、釈明して謝罪する羽目になった市長は「ジョークだった。みんなに笑ってもらいたかった」と発言しています*8。市長としては、軽い意趣返しをしたかったのでしょう。今度は俺のせいじゃないぞ!と胸を張りたかったのでしょう。しかし、松田・小笠原両教授は即座にFB上で中国語メッセージを発し、事実を明らかにしたため、またたくまにものすごい勢いでこの情報が拡散され、以前から軋轢のあった反対者、支持者の間で炎上する事態となったのです。

 韓國瑜市長の誤算は、①:教授ら訪問団の価値を軽く見ていたこと(日台、とくに台湾での彼らの影響力を見過ったこと)、②:教授らが自民党議員団のように沈黙を選択するだろうと思ったこと(特に中国語での情報発信)、③:先日の遅刻事件の記憶も新しなかで新たな「遅刻事件」を作り上げてしまったこと(若林教授はこれを「被遲到事件」と呼んでいます)、だったでしょう。

 先月の記憶も冷めやらない中でのこの事件は、特にFB上で大きな話題となりました。今でもご覧いただけると思いますが、松田・小笠原両教授のコメントには今でも延々と台湾人からのリプライが付き、そのなかには「韓粉」によるコメントや、また悪意のあるものも見受けられます。現代政治を研究する各先生としては、願ってもいない研究材料が放り込まれたわけですが、おそらく携帯電話の充電が即死するレベルの反応が生じているので、適切なご対応を取られていることを願うばかりです。

⑥:韓國瑜への反発、国民党は「換韓」も検討

 これまでこの文章は、手厳しく韓國瑜市長の姿勢について批判を重ねてきました。これは相当にバイアスが掛かっていることはご理解頂きたいです。私の友人、知人はどうしても台湾の政治的、外交的な自立を支持する人々が多く、彼らのFB上での発言はすべてが韓國瑜市長の行為を批判するものでした。そこから情報を得ている私の発信は、かなりのバイアスが掛かっているわけです。

 しかしながら、昨年に大きなうねりを巻き起こした「韓流」の波は、1年を経てその輝きを失い、化けの皮が剥がれつつあります。

 こうした動きを、彼の母体である国民党は重く見ています。これまでにも、自らの総統候補として韓國瑜を立候補させるのを取りやめ、郭台銘らほかの候補者へ交代させるという「換韓」の議論が度々巻き起こってきました。2016年の総統選挙では、実際に選挙の直前になって国民党は候補者を洪秀柱氏から朱立倫氏に変えているため、現実的な話題として議論に上っているわけです。実際にはその可能性は低いと指摘されつつも*9、韓國瑜市長がこれまで以上に物議を醸す発言、騒動を繰り返せば、国民党も真剣に「換韓」を検討せざるを得なくなるでしょう。

 

 いずれにせよ、約半年後に迫った台湾総統選は、いよいよ大詰めに向かっています。今後も不可解な事件や発言が噴出すると思います。今後も機会(と需要)があればこの総統選について論じていきたいと思います。

 長々とありがとうございました。