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能登屋備忘録

能登屋の日常を淡々と描く作品です。

奈良漬

日常

暇なのかどうなのか、突如リプライが来たので思い出したことを記しておく(だである調)。

 

 

子供の頃食べられなかったものが、大人になってから食べられるようになったり、それどころか好物になったりすることはよくあることだと思う。子供の好き嫌いの代表格は、ピーマンやらトマトやらしいたけやらであるだろうが、私もこれらはあまり好きではなかったし、しいたけは見るのも嫌であった。ときおり、しいたけにチーズを乗っけて丸焼きにしたのが夕食に出たりして、この世の終わりのような顔をしたのを覚えている。

子供の味覚は敏感で、苦いとか酸っぱいとかを嫌う。また、酒臭いのも嫌うように思う。私も昔は粕汁やウイスキーボンボンなどは嫌いだったし、洋酒の染みたオシャレなケーキなどは願い下げだった。そういう味覚を持つ私の目の前に突如として「奈良漬」が登場した。

あの黒黒としてプンと酒の匂いが漂うコリコリとしたもの。最初はとても受け付けなかった。ただ、この「奈良漬」に立ち向かわなければならない時期が私にはあった。この辺で漸く本題に入る。

中高時分はバス通学で往復とも30分ほどバスに乗る日々が続いた。当時の私は良心を絵に描いたような人間であったので(今でもそうだが!)、足腰の弱いお年寄りには席を譲ることも多かった。それはひとつの美徳であると思っていたが、ある時私の「親切」にえらく胸を打たれた1人の老婆が、バスの車内でおもむろに「現金」を手渡してきた。

奈良漬を克服して借金漬けの私にとって今でも一万円は大金である。その一万円がおもむろに登場して狼狽した私は、ちょうど降りるバス停であったこともあって申し出を峻拒し、挨拶もそこそこにバスを降り、老婆と別れ家路へ急いだ。どういうわけか老婆もそのバス停で降りた。振り返ると老婆は私の方をまだ見つめていた。

そうしたことがあったと親に報告した翌日、奇妙なことがあった。玄関の前に「寿司」が届けられるようになったのである*1。これが童話であれば「ごんぎつね」であるが、状況的に考えれば届け主は先日の老婆である。

どうにか老婆が寿司を置くタイミングを見計らって捕まえ、丁重にお断りを申し上げたのだった。納得したかどうか定かではなかったが、彼女はようやく頷き帰っていた。しかし、どういうわけか今度は奈良漬が我が家にやってきた。老婆に「返す」と言っても「一人暮らしなもんで返してもらってもどうにもできない」と応える。いかんともしがたく、我が家の夕餉には「奈良漬」が鎮座するようになった。これもしばらくしてから、丁重にお断りをすることにしたので、ようやくやめていただくことが出来た。

くだんの老婆は身よりも少なく、手近に住んでいた少年を愛おしみたいという気持ちがあったのだろうと思うし、私も当時からその気持はなんとなく分かった。とはいえ、毎日毎日こうしたことがあるとなかなかに気が重くなるものだった。

今でも奈良漬を見ると、あの時の老婆はどうしているだろうかと思う。当時彼女が住んでいた県営住宅はもう更地になっている。年かさを考えれば、亡くなっていてもおかしくはない。10数年も前の出来事だが、未だにどうも忘れられぬしこりとして奈良漬とともに残っている。

*1:とはいえ届けられた寿司は、巻き寿司とか鯖寿司とかおよそ中学生が好むたぐいの寿司ではなかった