能登屋備忘録:台湾生活日記

能登屋の日常を淡々と描く作品です。

(台湾政治外交)「ヒラリー・クリントンと台湾売却論」

 今日はちょっと古い話です。アメリカがまだオバマ政権だったころ、国務長官を務めたヒラリー・クリントンが「台湾を売却」しようか検討したというお話です。

 

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ヒラリー・クリントンウィキメディア・コモンズより)

 ①:中国が保有する米国債は約1.2兆ドル

 中華人民共和国アメリカの発行する国債を大量に保有していることはよく知られています(また日本がそれに次ぐことも)。その保有額は約1.2兆ドルで、米国債全体22兆ドルの約5%にあたります。それにしても22兆ドルの国債というのは想像が付きませんね*1

 この1.2兆ドルは、たしかに膨大な数字で、現下の米中貿易戦争における中国の切り札、武器になるとも考えられています。また国防上の懸念を訴える人々もいるといいます。しかし、この切り札が切られることはおそらくそうそうないとも考えられています。ごく単純な理由としては、中国による米国債の売却は中国自身の経済を破綻に追い込む導火線になりうるためです*2

 全体としての数字は5%とはいえ、1.2兆ドルは大きな数字です。これを巡って、アメリカは、台湾をダシに中国の保有分を棒引きにしてもらえないか考えたことが有るといいます。

 

②:NYTが「台湾売却論」を提起

www.nytimes.com

 

 しかし、アメリカがまだオバマ政権だったころ、アメリカの『ニューヨーク・タイムズ』にある社説が掲載されました。表題は「To Save Our Economy, Ditch Taiwan」(我々の経済を守るために台湾を見捨てよう)。

 ここで述べられているのは、安全保障戦略を見直すことで国債を削減し、国の脅威を減らそうというものです。そのなかでも核心的なのはこの部分です。

 

”There are dozens of initiatives President Obama could undertake to strengthen our economic security. Here is one: He should enter into closed-door negotiations with Chinese leaders to write off the $1.14 trillion of American debt currently held by China in exchange for a deal to end American military assistance and arms sales to Taiwan and terminate the current United States-Taiwan defense arrangement by 2015.” 

オバマ大統領が、我々の経済的な安全性を強化するためになしうることは非常に多い。これがそのひとつだ。大統領は、中国の指導者と密室交渉を行い、中国が保有する1.14兆ドルのアメリカ国債を帳消しにし、その見返りとしてアメリカは台湾に対する軍事的援助と台湾への武器売却を終え、2015年までに現在の米台防衛協定を終了すべきだ」

 

 この社説が発表されたのは2011年11月でしたが、2011年はオバマ大統領がアメリカの財政赤字を12年以内に4兆ドル削減することを発表した年でもありました*3

 当然、この社説は強い反発を生みました。主な批判は、①:台湾の価値を見誤っているということ、②:アメリカが自由で民主的な同盟国を売り渡すことが他の同盟国や世界にどのようなメッセージを発するかが顧慮されていないことでした*4。もう一つありうるのは、アメリカが台湾に武器を売却することそれ自体がアメリカの国益に適うものだということです。

 

notoya.hatenablog.com

 

 先日の記事でも触れたように、アメリカは今年になって台湾への大量の武器売却を決めましたが、その総額は 100億ドルを超える予定です。一概に比較はできませんが、決して小さな数字ではないわけです。

 

③:アメリカによる「台湾売却論」を検討したとされるヒラリー

 

 さて台湾では、2016年の大統領選挙で民主党ヒラリー・クリントン候補が落選したことはほとんど失望とともに受け止められましたが*5ウィキリークスが公表した国務長官時代の私的なEメールのなかに、この前述したNYT「台湾売却論」について言及したものがありました*6。これによると、ヒラリー・クリントン国務長官は以下のように述べています

 

”I saw it and thought it was so clever. Let's discuss.

Also, we only have 15 minutes left in here.”

 「思うに、これはとても賢い。検討しましょう。我々には15分しか残されていないのだから」

 

 ヒラリー・クリントンがどこまで本気であったかは定かではありませんが、ある程度米国債の削減に「台湾の売却」が可能性として政権内部で検討されたということは事実で、それは考慮されるべき事象でしょう。

 先日の記事でも述べましたが、台湾はアメリカの中国に対する外交的カードの一つで、その政権の意向により様々な切られ方がされてきました*7。もちろんアメリカの政治家にとって、いかにアメリカの国益を守るか、最大化するかが重要であり、そのためには他国2300万人がどうなろうとあまり重要ではないでしょう。大国間で翻弄される小国は、その歴史と現在ともにいまだに自己決定するだけの余地と度量を与えられず、大国間の角逐の中で微妙な平穏を保っているに過ぎないのです。

 日本とて同じですが、戦後の歴史と今後の歴史を考える上で、台湾の事象はとても示唆に富んだものと言えるでしょう。