能登屋備忘録:台湾生活日記

能登屋の日常を淡々と描く作品です。

(中国ニュース)「米中貿易戦争の秘策!?1911年発行鉄道債の行方」

 さて早いもので8月も終わりです。かれこれ2週間強化月間続けましたが伸び悩みです。もうちょい定着していものですがはてさて、今日は趣向を変えて記事紹介です。

 「米中貿易戦争」についてはみなさまご存知かと思いますが、それに関連した変わり種です。アメリカのブルームバーグは、「1911年に発行した湖広鉄道建設債の償還が、トランプによる米中貿易戦争の次の切り札になる「かも」」と報じています*1。その要求額はなんと1兆ドル。

 要約するとだいたいこういう感じです。果たしてマジな話なのでしょうか。

  ブルームバーグによると、1911年に発行された湖広鉄道建設債の債権者が、トランプ大統領が中国にこの返還を求める訴訟を提起するよう期待しているとのこと。結構曖昧というかまとめサイトみたいな飛ばし記事でよくよく読んでズッコケました。

 じゃあここから真面目にこの問題を解説していきましょう。

 

①:そもそもどういう債権なの?

 この債権は、四川省湖北省を結ぶ、湖広鉄道(Hukuang Railway)の建設資金をつのるため、清朝政府が1911年に発行したものです。この債権は、40年で償還され、年利5%が付与される予定でした。

 ご存知のように、清帝国は1912年、辛亥革命によって滅亡し、中華民国政府が成立します。中華民国政府は、清朝政府の後継政府としてこの債権の償還を引き継ぎ、1930年代前半までは定期的に、そして国情が混乱した1930年代後半からは散発的にその債務を償還し続けました*2

 そして、1940年代の国共内戦を経て、1949年に中華人民共和国が成立します。この債務の償還期限まであと2年を残していました。この時、事実上この債権は忘れ去られ、歴史の彼方へと消えゆく運命に有りました。

 つまり、まだ70年前の債務が不履行な状況で残されており、その償還を要求する(してはどうか)というのがこの話の骨子になります。

 

②:この問題、別に70年前の亡霊がいきなり蘇ったわけではない(1979年訴訟、82年判決)

 では、問題はこの話に妥当性があるのでしょうか。どう聞いても荒唐無稽な話です。

 実はこの話は2019年、唐突に100年(あるいは70年)という長い眠りから目覚めたわけではありません。米中が国交を回復したのは1979年、中華人民共和国が成立してから30年後のことでした。この年、アラバマ州の連邦地方裁判所である訴訟が提起され、その3年後の1982年、ある判決が下されました。

 「中華人民共和国政府は、湖広鉄道債券の償還費用および訴訟経費として、4130万ドルを債権者に賠償すること。もし中華人民共和国政府が拒否をした場合、アメリカ合衆国連邦政府が米国内の中国政府の資産を押収、その返還に充てること」。

 いわゆる、デフォルトの認定です。約300名の債権者が、中華人民共和国政府を相手取ってこの訴訟を提起したのです。中華人民共和国政府はこの訴訟を無視しましたが、上述のような判決が下されたわけです。

 

③:中華人民共和国政府は「裁判所は国際法を無視している」と全面反論

 成立して間もない国交にいきなり水をさされた両国政府は、この問題の対応に苦慮します。当時、レーガン政権の国務長官であったジョージ・シュルツは訪中し、当時の中華人民共和国最高実力者であった鄧小平と会談、この問題にも論及します。中華人民共和国政府としては当然それを受け入れられないとはねのけます。

 当時の中華人民共和国政府の立場は一貫しており、当時の人民日報には交渉過程で同政府が示したメモランダムが掲載され、そこには「國家主權豁免權是國際法的一項重要原則,其根據是聯合國憲章所確認的國家主權平等的原則」(主権免除は、国際法上の重要な原則であり、これは国際連合憲章が承認する国家主権平等の原則に基づくものである)との主張が掲載されました*3

 確かに、国際法の原則として、「主権国家およびその機関が,その行為あるいは財産をめぐる争訟について,外国の裁判所の管轄に服することを免除されること」*4は認められており、中華人民共和国政府としてもアメリカ政府に対して国際法に基づいた主張を提起したことになります。

 アメリカ政府も、"The People's Republic of China believes that the questions involved in cases such as this are to be resolved in government-to-government negotiations, and that under international law a state is not subject to the jurisdiction of a foreign court without its consent."*5中華人民共和国政府は、こうした問題が国家間交渉で解決されることを信じており、また国際法において国家は外国で同意なく下された判決について従う必要はないと考えている)と表明しています。

 

④:判決は取り消され、事実上棚上げに

 この問題はシュルツ国務長官アラバマ州の連邦地方裁判所に対して、この訴訟が両国間の関係を阻害することを懸念するとの声明を発表。また中国も裁判所に対して代理人をたて声明書を発表することとなります。結局、1984年に裁判所は2年前の判決を取り消し、事実上中華人民共和国政府の勝利に終わりました。

 

⑤:亡霊は再び蘇るか。政治問題化する主権免除

 さて、30年ちょっと前、アメリカ政府は国家間関係を重視し、主権免除という考えを念頭に置きつつこの問題を棚上げにしました。では今はどうでしょうか。トランプ大統領が、中国との貿易戦争になんとしても勝利する、外交関係はしっちゃかめっちゃかになっても良いと考えるならば、これは確かにひとつの材料になるでしょう。

 The Foreign Sovereign Immunities Act(FSIA)、主権免除法は1976年に成立した主権免除に関するアメリカの法律です。基本的にはこの主権免除について取り決めている法律になります。今後、もしこの問題が復活するとなれば、この主権免除の考え方にそってまた議論が展開されることになるでしょう。主権免除の考えたかについては、70年前、30年前、そして現在では変化が見られつつ有り、とくに私的商業行為については適応されないという考えが有力となってきました。本件はおそらく該当しませんが、主権免除をめぐって、たとえば国有企業の商業行為、あるいは国有資産についてどこまでそれが適応されるかは議論が提起されつつあります*6。また更に、国家による人権侵害について、主権免除を適応するかどうかについても議論が起こりつつあり、これは間違いなく中華人民共和国政府による人権侵害と絡み、政治的な課題となるでしょう*7

 結論として、「無理筋ではあると思うが、まあまあ火種になりうるから使いようによっては面白い話だよね」ということになります。とまれ、前時代の政権政府が残した負の遺産をどう処理するかはうまーく話し合っておかないとこじれやすいポイントではあるわけですね。

 国際政治、国際法とは無縁の人間ですので書き間違いしくじりをしていないか心配なのですが、何か有りましたらご意見賜りましたら幸いです。

 

<余録>

 台湾の新聞(『自由時報』)でもこの問題を短くまとめて報じていました*8。ここでは、ある立法委員の意見として、「中国がもし拒絶すれば、それは中華人民共和国政府が清朝政府、そして中華民国政府の後継者であり、唯一合法な中国の代表であるということを否定することになるので矛盾ではないか」というコメントを掲載しています。しかしながら、本記事でご紹介したように、中華人民共和国政府は政府としてこの問題について30数年前に取り組んでおり、一応は国際法上の立場から拒絶したのであって、こうしたコメントはちょっとちがうかもと冷やかしておきたいと思います。

 

 ながながと失礼いたしました。