能登屋備忘録:台湾生活日記

能登屋の日常を淡々と描く作品です。

(書誌紹介)「黒川博行『果鋭』幻冬舎文庫、2019」

  今回は小説の紹介です(とっちらかってます)。以下は「だである」調。

 どうしても駅や空港の書店を覗かざるを得ない。二時間三時間を潰すのに、特に空の上では携帯はものの約には立たぬので、その穴埋めを探す。キンドルで買えばいいとはいいつつ、その電池残量を気にするならば、多少の重量を鑑みても紙本を選ぶ。

 駅や空港には早めに来て、本屋を一瞥する。これもまた私の中では旅の楽しみ、一部に入るのだと思う。

 

 

 私にとっての黒川博行第一作は『封印』(文春文庫、1996年)である。未だに印象があるということは、黒川博行という書き手からそれなりの衝撃を受けたということだと思う。

 たぶん高校生ぐらいだったと思うが、その頃父はしばしば私に「これ読んでみろ」と本を寄越した(今は私が逆をやる。倍返し恩返しだ)。 

封印 (文春文庫)

封印 (文春文庫)

 

 「著者の綿密な取材で、大阪の闇の世界──警察、暴力団、遊技業界の内幕を暴く傑作クライムストーリー。
ボクサー崩れの酒井は、恩人・津村のパチンコ店で働く釘師。ある日苦情に対応したが、以後査察や業者の取引中止が相次ぎ、何者かに身に覚えのない“物"を渡せと脅迫され、ついには津村が失踪する。大阪中のヤクザが政治家をも巻き込んで探している物とは何か。酒井は封印を破り、自らの拳をふるって立ち向かう。
解説・酒井弘樹(主人公の名前として自分の名前を使用された編集者)
とりわけ本書は、パチンコ業界が抱える危うい構造を作品に取り込んだ社会性、登場人物の躍動感、読後の爽やかさなどにおいて、黒川ミステリーの代表作の一つであること、間違いないだろう──解説より」

*1

 

 この作品で印象に残ったのは、「釘師」という言葉である。

釘調整(くぎちょうせい)とは、パチンコ玉の流れを制御するためにパチンコ台の盤面に打ち込まれている釘や風車の角度等を、ハンマー等で叩くことで調整すること。

主にパチンコ台で重要な、スタートチャッカー(ここをパチンコ玉が通過することで、フィーバー機なら大当たり抽選の開始、羽根モノなら役物への入賞ルートにある障害物の開閉開始の契機となる)・アタッカー(フィーバー機において大当たり時のみに開く入賞口)などへ流れる玉の数を増減させ、最終的な出玉を増減させるために行われる。

釘調整を専門に行う人間は俗に「釘師(くぎし)」と呼ばれ、『釘師サブやん』(ビッグ錠)といった漫画の題材となったこともあるほか、近年では釘師養成のための学校も存在する。

釘調整 - Wikipedia

 

 私も親もパチンコをやらないので、パチンコの構造すらロクに知らない。しかしこの時、パチンコの「出玉」は、釘の調整によって調整することが出来ると知った。しかし、「パチンコ台に打ち込まれた釘等の状態を各パチンコ店が独自に調整することは、本来厳密に言えば違法である」*2であり、一方でそれを確認することは困難であるため警察は基本的にこれを「黙認」してきたのである。

 近年、こうした釘調整に対して警察は調査を強化する方針を強めているうえ、コンピューター制御の台が増えている昨今では、こうした釘師の需要というのは減少しているのだという。

 とはいえ、私はパチンコを打ったことがない(二度目)ので、この辺の言葉はどうも実感的によくわからない。

 

 黒川博行はパチンコをテーマにした作品をいくつか上梓していて、上記『封印』はそのひとつである。黒川の作品には他にもギャンブルをモチーフとするものが多く、筆者の造詣の深さが伺える*3

 黒川は愛媛県生まれ、大阪府出身。軽妙な大阪弁でのやり取りが魅力。作品のテーマには、ギャンブルだけでなく、警察(大阪府警)、ヤクザ(疫病神シリーズなど)など、アウトロー、アングラを中心とし、それらの政治、経済、社会とのつながりを描く。

 2014年に『破門』(のちに、佐々木蔵之介横山裕主演で映画化)で直木賞を受賞。デビュー30年、6回目にしての受賞だった。疫病神シリーズの中では、浄土真宗大谷派東本願寺)の分裂騒動(お東騒動)をテーマとした『螻蛄』を推しておきたい。

  疫病神シリーズもそうだが、作者の、特にバディものに見られる言葉のやり取りは軽快である。

螻蛄(けら)―シリーズ疫病神 (新潮文庫)

螻蛄(けら)―シリーズ疫病神 (新潮文庫)

 

 

 今回紹介するのは、『果鋭』(幻冬舎、2019)。やはりパチンコがそのテーマとなっている。パチンコ業界とヤクザ、警察の癒着をテーマとし、もと警察(不祥事が発覚して退職、免職した)堀内と伊達がシノギの匂いを嗅ぎつけて活躍するバディもの。そういった意味では、疫病神シリーズと同様だが、退職警官(しかも組織犯罪対策課、マル暴)の二人だからこそ実感を持って描ける警察の腐敗、癒着がリアリティを与える。

 本筋としては、パチンコの出玉に不正をしているホールオーナーを脅迫するゴト師を「収める」依頼から始まり、その不正の構図を調べていく中で、ヤクザとの小競り合い、業界全体を仕切る元警察幹部による過去の不正、殺人が絡み合い、パチンコ業界内の派閥争いへとつなげていく。

 ひとつの糸口から巨悪の構造が明らかになっていくシナリオは鮮やかで、その重層性と構造こそがこの作品の魅力であるように思う。警察とパチンコの不自然な関係は、日本人よく実感するところであるが、フィクションながら「そういうもんなんやろなあ」と説得的に描きつつエンタメとして見事に結実させていくのは筆者の力量である。

 堀内・伊達の過去のシリーズや、疫病神シリーズと併せて読みたい。

 

内容紹介
大阪府警の堀内は恐喝がバレて依願退職。民 間に拾われるが、暴力団と揉めて刺され、左 脚に障害が残る。収入はゼロになり、女には 逃げられ……。そんなとき刑事時代の相棒、 伊達が二十兆円市場と言われるパチンコ業 界にシノギを見つけ、協力を求めてきた。警 察、極道との癒着、不正な出玉操作――業界 の闇に、堀内は己の再生も賭けて切り込む。

内容(「BOOK」データベースより)
大阪府警の堀内は恐喝がバレて依願退職。民間に拾われるが、暴力団と揉めて刺され、左脚に障害が残る。収入はゼロになり、女には逃げられ…。そんなとき刑事時代の相棒、伊達が二十兆円市場と言われるパチンコ業界にシノギを見つけ、協力を求めてきた。警察、極道との癒着、不正な出玉操作―業界の闇に、堀内は己の再生も賭けて切り込む。

果鋭 (幻冬舎文庫)

果鋭 (幻冬舎文庫)